学校の様子

学校の様子

卒業式会場準備



3月6日(火)1校時、卒業式会場準備
4・5年生が、明日からの全体練習のために、一生懸命に会場準備をしてくれました。6年生の学校生活も、早いものであと10日を切りました。

6年生奉仕作業



3月5日(月)5・6校時、6年生奉仕作業
お世話になった学校や在校生のために、自分たちでできることを考え、奉仕作業をしてくれました。家庭科室、図工室、昇降口、体育舎がとてもきれいになりました。

朝会(講話)


3月5日(月)朝会(講話)
越後長岡藩藩士の小林虎三郎(とらさぶろう)が40才の頃、長岡藩は戊辰戦争に敗れました。藩は、見渡すかぎりの焼け野原となり、飢餓状態に陥りました。それを見かねた長岡藩の支藩である三根山藩が、見舞いとして「百俵の米」を送ってきました。藩士たちは、その米を分配してもらえるものと期待していましたが、虎三郎は、「米を売って、学校を作ろう」と、提案したのです。これに対して藩士たちは大反対をしました。しかし、虎三郎は、「百俵の米も、食えばたちまちなくなる。教育にあてれば明日の一万俵、百万俵となる」と諭して、藩士たちを納得させました。
 「米百俵」をもとに「国漢学校」を設立しました。今までの藩校は、士族の子弟のための学校でしたが、能力があれば、町人や農民も入学できました。また、漢学だけでなく、国史・国学・洋学・医学など、たくさんの学問を教えました。その結果、日本海軍大将の山本五十六をはじめ、教育・医学・政治など、日本や世界で活躍する人がたくさん育ちました。学制発布により、国漢学校はなくなりましたが、「米百俵の教え」は、今も阪之上小学校、長岡高校、長岡赤十字病院などに受け継がれています。

6年生を送る会








3月1日(木)2・3・4校時、6年生を送る会
5年生の櫻井碧天さんが在校生代表のあいさつをしたあと、各学年から心のこもった歌や手作りのプレゼントを贈りました。今まで大内西小をリードしてきた6年生に対して、感謝の気持ちがとても表れた会になりました。最後に、6年生の戸上碧さんがお礼のあいさつをし、6年生からも各学年にプレゼントが渡されました。その後、体育館に移動して、演劇鑑賞をしました。

お巡りさん・交通指導員さん・スクールガードの皆さんに感謝する会



2月28日(水)業間、お巡りさん・交通指導員さん・スクールガードの皆さんに感謝する会
野木駐在さん、中三川交通指導員さん、飯塚交通指導員さん、中村スクールガードさん、芳賀スクールガードさん、大塚スクールガードさんが来校してくれました。
「雨が降る日も、雪の日も、毎日朝早くから私たちが安全に登校できるよう見守ってくれてありがとうございます。」という感謝の言葉を、6年生の中村さんが代表で発表しました。そのあと、6年生と1年生の代表児童が、6名の方に鉢花と手紙を渡しました。