日誌

2016年9月の記事一覧

教師の当たり前

 本日、真岡市小中学校校長会があり、冒頭で次のようなことをお話ししました。
       
  教師には、教師としてやるべき当たり前のことがあります。
 例えば、パソコンに向かって仕事をしていて、子供が来てもパソコンから目を離さずに対応する教師がいることは、よく指摘されたことです。
 子供が来れば、子供と向き合うのは教師として当たり前のことです。他にも、教師としての当たり前はたくさんあります。
 ・学級担任ならば、朝は子供より先に教室に行き、子供を迎えるのは当たり前です。
 ・挨拶ができないと嘆く前に、子供より先に教師が挨拶をするのは当たり前です。
 ・授業はチャイムと同時に始め、チャイムと同時に終るのも当たり前です。
 ・子供がいるうちは子供を優先し、仕事は子供が帰ってから行うのも教師としては当たり前のことです。
  これらはほんの一部です。各校長先生が考える教師の当たり前もあると思います。充実の2学期となるよう、是非ともその徹底をお願いします。

正義が支配する学級をつくる

 2学期が始まり、2週間が経ちました。夏休み明けの慌ただしい日々から、少しずつ日常を取り戻す頃かと思います。2学期は全ての教育活動で充実期を迎えますが、その基盤にあるのが学級です。ですが、時としてその学級で、次のようなことが起こっていることがあります。
 例えば、学級委員に適任でないお調子者が選出される、あるいは、良い発言や建設的意見が良い子ぶってるなどの理由で否定されてしまう、さらには、いじめなどのあるまじき行為が起きていても見て見ぬふりをしてしまう、などです。特に、いじめについては重大で、いじめを見た子供が傍観者に化すか、教師に知らせるか、そこが早期発見・早期解決の分かれ目となります。ですから、勇気をもって教師に知らせることができる、正義感のある子供を育てる必要があります。そのためには、「正義が支配する学級」にすることが大切です。
  正義が支配する学級とは、上述のようなことが起きないよう、正しいことや建設的な考えがまかり通る学級のことです。弱い立場の子供が大切にされ、まじめな子供がつぶされない学級のことです。これらはどれも当たり前のことです。しかし、学級では30人前後の子供たちが、毎日何時間も一緒に生活しているのですから、色々なことが起こってしかるべきです。学級担任の適切な指導がなければ、良くないことが起こってもおかしくありません。いじめや学級崩壊等の過去の事例がそれを如実に物語っています。
 怖いのは、集団はある一つの論理に流されやすいということです。したがって、その論理を正義に変えられるかどうかが学級担任の役目となります。そのためには、少なくとも次のようなことを意図的・継続的に行っていくことが大切です。
 ① 一人一人の子供を大切にし、よさを生かす。
 ② よい行為を認め、大いに賞賛する。
 ③ 目標を決め、その実現に向けてみんなで努力する。
 ④ リーダーを選出し、意図的・計画的に育てる。
 ⑤ 教師自身が常に正義を意識し、自身の言動にも気を配る。
  特に、子供は教師をよく見てます。日々の心掛け次第で学級は担任の色に変わります。
 どの学校においても、充実した実り多い2学期となることをご期待申し上げます。