日誌

田上教育長日誌

今こそカリキュラム・マネジメントが必要とされます

 学校が再開されたとはいえ、新型コロナウイルスの感染拡大のリスクがなくなったわけではありません。そのため学校では、教育活動における「3密」を可能な限り避ける工夫をするとともに、検温、マスク着用、うがい、手洗い、アルコール消毒等を徹底するなど、細心の注意を払って感染症対策を行っています。また、感染拡大の第2波、第3波も懸念されますので、不測の事態に備えて、今後どのように教育課程を見直し実施していったらよいか、難しい課題に直面しています。
 文部科学省では、休業期間が長期化し、標準授業時数を下回る地域も予想されることから、今年度在籍している最終学年以外の児童生徒に係る教育課程に関する特例的対応として、今年度指導を計画している内容について学年内に指導を終えることが難しい場合には、次学年又は次々学年に移して教育課程を編成してもよい旨の通知を出しています。(令和2年5月15日付2文科初第265号文部科学省初等中等教育局長通知)
 しかしながら本県においては、どの市町も6月1日(月)から学校再開が可能になったことから、今年度指導する内容については、年度をまたぐことなく当該年度内で指導するよう授業計画を立てることとしています。
 とは言っても、今回の臨時休校により時間がなくなったばかりではなく、感染拡大のリスクを考えて、学校で活動できる場所が制限されたり、活動の中での児童生徒の関わりが制限されたりと、これまでのような教育活動ができない状況にあります。こういった中で、児童生徒の学校生活の質を維持しつつ学びを保障するためには、必要な授業時数を確保するとともに、教育活動を見直し重点化を図ることが不可欠となってきます。
 特に今年度は、小学校で新学習指導要領が全面実施となっています。新学習指導要領に規定されている「何ができるようになるか」(育成を目指す資質・能力)を意識した上で、「何を学ぶか」(指導すべき内容)を明確化し、今般の事態を受けた様々な環境変化を踏まえて「どのように学ぶか」(指導方法)を柔軟に見直すことが求められています。限られた時間と環境の中で、効率的・効果的な教育活動を展開し成果を上げなければなりません。したがって、これからは各学校のカリキュラム・マネジメントが問われることになります。
 これまでも、カリキュラム・マネジメントの重要性は言われてはいましたが、教育活動の中心である各教科のカリキュラムは教科書に基づき整備されており、マネジメントの余地はほとんどありませんでした。しかし今度は違います。教科学習の重点化が不可欠となっている今、教科書の学習内容の扱いに軽重を付けたり、指導順序を変更したり、個人でも学習可能な内容の一部を家庭学習等の授業以外で行うようにしたりして、児童生徒の学びを保障しなければなりません。これがまさにカリキュラム・マネジメントであって、校長先生のリーダーシップの下、各学校の先生方の教科経営力に期待しています。

子供たちに自己防衛意識を醸成する

 政府は5月14日(木)に、新型コロナウイルス特措法に基づき全国に発令していた緊急事態宣言を、一部の都道府県を除いて解除しました。これまでの自粛モードは一変し、まだ感染の脅威はあるものの、世間は少しずつ動き出しています。
 学校もすでに段階的に分散登校を実施するなど、学校再開に向けて準備が進められています。県立高校では学校再開を前倒しし、5月25日(月)からとしました。本市においても、5月13日(水)の臨時校長会や14日(木)の市PTA連絡協議会役員会を経て、本日から分散登校を開始しました。子供が学校に戻ってきたことは喜ばしいのですが、学校は至る所で「3密」の危険性を孕んでいますから、注意しなければなりません。
 福島大学の筒井雄二教授は、「子供は大人と違い、指示がなければ友達と密集してしまう。一層注意が必要である」と、学校に集まる子供たちへの目配りは欠かせないことを指摘しています。(5月15日付下野新聞)
 学校では、これら「3密」を可能な限り避ける工夫をするとともに、検温、マスク着用、うがい、手洗い、アルコール消毒、教室換気等を徹底することが大切です。
 と言いましても、感染リスクは学校だけにあるのではありません。教師の目が届かない学校外のリスクも、もちろんあります。ですから、こういった状況の中で子供たちを感染から守るには、自ら進んで感染予防に努めるようにすることが大切です。むしろ、これから先の子供たちのことを考えれば、子供たちに「自分のことは自分で守る」という、自己防衛意識を植え付けることが不可欠と考えます。
   かつて未曾有の災害をもたらした東日本大震災の時、岩手県釜石市の子供たちは「自分の命は自分で守る」という「津波てんでんこ」の教えで避難し、被害が最小限に抑えられました。後に「釜石の奇跡」と言われ、いかに子供たちの自己防衛意識が大切かを知らせれました。

 しかしながら、平時に自己防衛意識を醸成することは容易ではありません。このコロナ禍では誰もが疲弊し苦しんでいます。しかし、緊急事態宣言が解除され、新たなステージが動き出しています。「ピンチをチャンスに」というフレーズも耳にするようになってきました。学校も、これまで子供たちに身に付けることが難しかった「自分のことは自分で守る」という、自己防衛意識を醸成することができる絶好の機会と捉えることができます。そして、それが実現できれば、まさにピンチがチャンスになったことになるのではないでしょうか。そのためにも、子供たちが学校内外を問わず、正しい感染予防を実践できるように指導していかなければなりません。 

ご卒業おめでとうございます。

 小学校及び中学校をそれぞれ卒業されたみなさん、ご卒業おめでとうございます。また、この日を長く待ち望んでおらました保護者の皆様には、心よりお慶び申し上げます。
 今年は新型コロナウイルスの感染防止のため、卒業生と教職員、保護者のみなさんだけの卒業式となってしまいましたが、卒業生のみなさんの門出を心からお祝い申し上げます。

 さて、中学校を卒業されたみなさんは、4月から新しい門出を迎えます。進む高校等も異なり、各自の進む道はそれぞれ異なります。自分の人生設計に基づいて自分の意思で歩んで行くことになります。
 そこで大切にしてほしいことは、「感謝の気持ちを忘れない」ということです。
 9年前の3月11日午後2時46分、未曾有の被害をもたらした東日本大震災が起こりました。ここ真岡市でも震度6弱の激しい揺れに見舞われ、甚大な被害が生じました。水は出ない、電気は付かない、スーパーでの買い物もできない、ガソリンスタンドには長蛇の列、一瞬にして「日常」が奪われてしまいました。学校でも、電気や水、トイレ、チャイム、給食、授業、そして部活動等々、今回の新型コロナウイルス感染防止のための臨時休業のように、当たり前のことが当たり前でない状態になってしまいました。
 その後、少しずつ復旧していきましたが、その都度、誰もが当たり前の生活ができることに感謝したことと思います。東日本大震災という過去に経験したことのない大災害を乗り越えてきたときのように、「感謝の気持ち」の大切さを深く心に刻み、これからも忘れないでほしいと思います。
 私たちは誰でも、一人では生きていくことができません。皆さんがこうして卒業の日を迎えられたのも、決して皆さん一人だけの力ではありません。これからの人生、皆さんが生きていくためには多くの人の力を必要とします。そうした方々への感謝の気持ちが大切で、その気持ちが何よりも自分自身の人生を豊かにしてくれます。感謝の気持ちを忘れずに大切にしてほしいと思っています。
 みなさんの前途に幸多きことをご祈念申し上げます。
 
 次に、小学校課程を終了した6年生のみなさんは、4月から中学生となります。中学生の時期は思春期前期に当たり、心も体も人生の中で最も成長する時期です。また、感受性も強くなり多感な時期でもあります。ですから、中学校での学びや体験はそのときだけに留まらず、将来に大きな影響を与えることになります。しかし、中学校は小学校と違って3年間しかありませんから、これまで以上に一日一日の生活が大切になります。
 そこで大事なことは、先ずは勉学に励んでほしいということです。中学校での学習は、小学校とだいぶ違います。「算数」が中学校では「数学」となります。名前が変わっただけではなく、内容もより考える力が求められるようになります。英語の授業も本格的に始まります。また、授業も教科ごとに先生が違う教科担任制になります。さらに、小学校ではなかった中間・期末テストがあります。そのため、予習や復習などの家庭学習も計画的にやることが大切になります。中学校3年間は、皆さんが自ら進んで勉強する良い時期でありますし、意欲的に学んでほしいと願っています。
 次に、何かに本気で打ち込み友情を育んでほしいと思います。中学校では、体育祭や文化祭など様々な行事があります。また、生徒会活動や部活動も活気があります。特に部活動では、県大会をはじめ、関東大会や全国大会ですばらしい活躍をしています。このような活躍は、皆さんの先輩たちが、毎日努力を積み重ね、本気で取り組んできた成果なのです。仲間と本気で取り組めば、そこに確かな友情が生まれます。共に何かを成し遂げる体験やそこで生まれてくる友情は一生の宝物です。豊かな体験を通して友情を育み、一生の友とできる人を探してほしいと願っています。
 みなさんの中学校での活躍をご祈念申し上げます。

立志式を迎えた皆さんへ

 本市では、立志を迎えた皆さんを市全体で祝福するために、本日市内9中学校で一斉に立志式を行いました。改めて、教育長としてお祝いのことばを申し上げます。
 立志を迎えた中学2年生の皆さん、そして保護者の皆様、おめでとうございます。
 立志式とは、武士の社会で行われていた「元服」の儀にちなんで、14歳になったことを祝う式のことです。元服とは、奈良時代以降、成人を示すものとして行われる儀式のことで、通過儀礼の一つになっていました。つまり、この時代では、14歳になると大人の仲間入りをしたということになります。現代では20歳に行われる成人式が大人の仲間入りをする儀式ですから、「立志」とは文字通り「志を立てる」ことであり、この時期に立志を迎える意義は大きいのです。
 と言いますのは、14歳という時期は、3年生への進級を控え、自分の進路や生き方について、これまでを振り返り、これからどのように生きるか、新たに誓いを立てることが必要な、節目となる時期だからです。ですから皆さんは、それぞれが立志の誓いとして、将来の夢や希望を真剣に考えて「誓いのことば」等に表したことと思います。そして、式では堂々と発表されたと思います。
 元東京大学の総長で、政治学者であった南原繁(なんばら しげる)氏は、「夢や理想は単なる抽象的な概念ではない。必ず実現の力となって働くものだ」と言っています。つまり、夢や理想を持つこと自体に意味があって、それは実現の原動力となるからだと言っているのです。
 皆さんが生きるこれからの21世紀は、一層情報化やグローバル化が進むと思われます。
変化の激しい、先行き不透明な時代とも言われています。そのような中だからこそ、大きな夢をもち、高い理想を掲げ、その実現のために強い意志をもってやりぬいていただきたいと思います。意志あるところに道は開けます。皆さんの輝かしい未来を祝福いたします。
 結びに、保護者の皆様に一言お願い申し上げます
 お子様は、14歳を迎え、思春期前期に入り、人生において最も多感な時期に差し掛かります。この時期は、自発性が高まり、自ら考え、判断し、目標に向かって努力できる時期でもあります。勉強や部活動に、「目標をもってがんばる」という、人生における基本を身に付けることが大切な時期になります。学校ではその基本を身に付けられるよう、勉強や部活動指導を行っております。保護者の皆様にも、一層の学校へのご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げ、お祝いの言葉といたします。

県内トップレベルの教育環境で県内トップレベルの学力を目指す

 新年明けましておめでとうございます。

 令和2年がスタートしました。今年は子(ね)年です。2020ねずみ十二支の最初ということもあり、全ての始まりと未来への可能性を秘めていると言われます。今年が皆さんにとりまして実り多い1年となるようご祈念申し上げます。
 さて、現在真岡市教育委員会では、まちづくりの基本戦略のひとつ「こどもの元気な成長プロジェクト」の5つの施策、学力の向上、ICT教育の推進、英語教育の充実、体力アップ、次世代リーダーの育成に積極的に取り組んでおります。
 特にICT教育については、市内小中学校全ての普通教室、特別支援教室、理科室に65インチのモニター一体型電子黒板を完備し、ICT導入モデル校の真岡東小と真岡西中をはじめ、全ての学校でこれらの機器を活用した授業づくりに取り組んでおります。また、タブレットやデジタル教科書も2月末までには全ての学校に配備しますので、学習環境が整います。さらに、教職員の事務処理の負担が軽減できるよう、統合型校務支援システムも3月末までには全校配備します。
 英語教育においては、各中学校にAET(外国人英語指導助手)を配置するとともに、小学校全ての英語の授業をAETまたはJTE(日本人英語活動支援員)とチーム・ティーチングで行うようにしています。また、小学校には英語専科教員や英語指導力向上専門員を派遣し、英語授業の充実を図っています。さらに、昨年小学校の各学級に英語の絵本を配布するなどして、英語に親しむ環境づくりに努めています。
 こういった学習環境の整備に加え、昨年、理科室や音楽室などの各学校の特別教室にエアコンを設置しました。これで学校では、普通教室、特別支援教室、特別教室と子供たちが授業を受ける全ての教室にエアコンが完備され、教室環境が整ったことになります。
 他にも、図書館司書の配置や本市独自の学力調査「真岡市総合学力調査」の実施など、本市の教育環境はほぼ整っており、全県的に見てもトップレベルの教育環境にあると言えます。それらを余すところなく活用し、一層の教育効果を上げることが本市教育の充実・発展には不可欠と考えております。とりわけ学力向上においては、子供たちの将来をも左右する重要事項であって、冒頭のまちづくりの基本戦略「こどもの元気な成長プロジェクト」の1番目の施策でもあります。
 そこで、年頭に当たり、「県内トップレベルの教育環境で県内トップレベルの学力を目指す」を合い言葉に、学校と市教委が一丸となって学力向上に取り組んで参りたいと思います。各学校ではこの言葉を共有し、「分かる・できる・定着する」指導をはじめ、これまで以上に学力向上の取組を充実させて頂きたいと思います

真岡西中学校創立30周年記念式典祝辞

10月25日(金)に真岡西中学校創立30周年記念式典が、東泉真岡西中学校PTA会長を実行委員長とする実行員会主催で開催されました。

式典開催の祝辞として次のように述べました。

                                                祝  辞

 本日は、真岡西中学校創立30周年記念式典が、かくも盛大に挙行させますこと、誠におめでとうございます。
 顧みますと、真岡西中学校が開校したのは平成2年4月です。時代は昭和から平成に変わり、バブル時代の好況期の中での開校でありました。
 当時、市内から臨む小高い丘の上に、瓦屋根を配した斬新で趣のある校舎と、丘の中腹に屹立する近代的な2階建ての体育館を配置した本校は、まさに「西輝が丘」の由来のとおり、西の丘に美しく光り輝き、大きな希望に満ちた学校であって、関係者の期待もことのほか大きかったことと思われます。
  そういった期待を一身に受け、本校は創立以来、「心身ともに健康で、誇り高い「西輝が丘」生徒の育成」を目指し、地域に根ざした特色ある教育活動を着実に展開してきました。そして、新たな歴史を刻み、連綿と伝統を受け継ぎ、国際交流をはじめとする各種行事や生徒会活動、部活動等において、輝かしい成果を収めてきました。
  中でも平成5年に始まりました台湾斗六市正心高級中学校との国際交流におきましては、昨年25周年を迎えられ、進展するグローバル化の時代にふさわしい、姉妹校相互交流という特色ある教育活動を確実に展開されておられます。
 また、昨年度と本年度は、本市が推進しておりますICT教育の導入モデル校として、電子黒板やタブレット、デジタル教材等の効果的な活用に積極的に取り組んでいただいております。
 これもひとえに、歴代の校長先生はじめ、教職員、保護者、地域、関係する皆様がたの並々ならぬ御尽力の賜物と、心より感謝申し上げます。
 さて、時代は平成から令和に変わりました。「令和」の元号は万葉集の序文「初春の令月にして、きよく風和らぎ・・・」という句からの引用で、「厳しい冬の寒さの後に見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる日本でありたい」という願いが込められているそうです。
  この「日本人」を「子供」に換えますと、「一人一人の子供が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる」ようにする営みは、教育に他なりません。ですから私たちは、この「令和」という元号に込められた願いを教育への期待と受け止め、日々の教育に取り組んでいかなければならないと思っております。
 真岡西中学校におかれましては、その令和の時代の幕開け、記念すべき元年に創立30周年を迎えられたことを契機として、より一層の充実した教育活動が展開されますことをご期待申し上げます。
 結びになりますが、真岡西中学校の益々のご発展と関係の皆様方の益々のご健勝を心より御祈念申し上げ、お祝いの言葉といたします。

                 令和元年10月25日

                                  真岡市教育委員会教育長 田上富男

「子供の助けを借りる」という発想の大切さ

 夏休みも後半に入りました。これまで各学校の適切な指導のお陰で、子供の命に関わるような交通事故や水難事故等もなく、無事夏休みが送れていますことに感謝申し上げます。
 さて、去る8月1日(木)に茨城県笠間市で、文部科学省主催「児童生徒の自殺予防に関する普及啓発協議会」が開催されました。協議会と言っても実際は、文部科学省の行政説明と九州産業大学の窪田由紀教授の講話・演習でした。私も、子供たちの尊い命を自殺から守れるならと思い、藁をも掴む思いで参加させていただきました。
 ほぼ1日の講話・演習でしたが、特に成果と言えば、「子供の助けを借りる」ということの重要性を再確認したことです。このように言いますと、「え!それだけですか」と言われてしまうかもしれませんが、実はこれは極めて大切なことです。つまり、子供のことは子供が一番よく知っていて、たとえ自殺であっても、必ずSOSのサインを周囲の子供には発信しているということです。ということは、自殺を未然に防ぐには、発信されたSOSのサインを、教師が周囲の子供からいかにキャッチするか、が決め手となります。そのための「子供の助けを借りる」ということであって、それは教師に求められる極めて重要な力と言えます。
 あと2週間で2学期が始まります。内閣府の2015年版自殺対策白書によりますと、子供の自殺が最も多いのは、2学期が始まる9月1日の前後であることが明らかになっています。これが発表になった後も、この時期になると毎年子供が自殺しており、不幸にも統計上の危機が現実となってしまっています。
 子供にとっての危機は至るところにあります。たとえ自殺であっても、決して対岸の火事ではなく身近に起こります。思春期の子供は、傷つきやすくガラス細工のような脆い一面を持っています。特に子供の深層心理は複雑で、大人には理解しがたいところがあります。だからこそ、教師はその兆候を見逃さず、適切に対応することが求められるのです。しかし残念ながら、子供がSOSを発信し続けていたにもかかわらず、それを察知できず、最悪の結果に至っていることがたびたび起きています。
 そうならないよう、子供のことは子供が一番よく知っているという認識に立ち、「子供の助けを借りる」という発想も必要です。
 明日では手遅れになる場合があります。なんらかのSOSを発信し、助けを待っている子供が目の前にいるかもしれません。教師は、そういった子供をいち早く発見し、適切な対応をしなければなりません。夏休み明けこそ、教師の力量が最大限に要求されますので、よろしくお願いします。

学校経営の勘所(芳賀郡市校長研修会講話概要)

研修会風景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月12日(金)に真岡市青年女性会館で、芳賀郡市内の小中学校の校長先生を対象に学校経営研修会がありました。研修講師として90分の時間を頂き、「学校経営の勘所」と題して、次の6つのことについて話しました。

 勘所1  校長の仕事は職員を動かして子供を変えること
 勘所2  校長は職員への発信に神経を注がなければならない
 勘所3  人は指示や命令では動かない
 勘所4  学校経営の第1歩は距離感を縮めること
 勘所5  布石を打つ
 勘所6  校長と職員の危機意識は異なる
 これらは私自身が校長として実際に行ったことや経験したことの中で、是非とも校長先生方に伝えたかったことであって、学校経営に何かしらのお役に立つ内容と思っています。以下、その概要について順次説明します。
 
 勘所1 校長の仕事は職員を動かして子供を変えること
 私が新任校長として赴任した市貝中学校は、東日本大震災で甚大な被害を受け、校舎が使えず、隣町の廃校になった旧水沼小で生活するなど、かなり不便な生活を強いられました。学校にとって校舎が使えないことは想像以上に重大で、多くの困難がありましたが、私自身の校長としての学びもたくさんありました。その一つが勘所1で示したことです。
 部活動ができない、給食や電気がない、野ざらしの自転車置き場などの不便な生活も月日が経つにつれ徐々に改善されてきました。そしてついに、教室に待望の電気が点きました。子どもたちは歓声をあげて喜びました。
 私は、このときの喜びを単なる喜びだけに終わらせたくないと思い、朝の打合せで職員に「今こそ子どもたちに、これまでの生活の豊かさや当たり前のことが当たり前にできる幸せを話し、当たり前の生活に感謝する気持ちをもたせてほしい」と伝えました。
  すると、7月10日付けの下野新聞に、震災4か月の県内被災小中学校の状況を伝える記事が掲載され、本校の生徒が震災後の生活について「当たり前の生活のありがたさを感じる」と答えていたのです。この記事を読み、これこそ校長の仕事なんだと実感しました。
  つまり、校長の仕事は自分ではできないかわりに、職員を動かして子どもたちを変えていくことにある、ということをこのとき知ったのです。校長の意図することが職員に伝わり、職員が動いてはじめて学校経営ができるということを知りました。
 これはなんと言っても学校経営の最も大事な勘所です。校長が自ら行うことも大事ですが、それは限られています。「職員を動かして子供を変えること」これを知っていることで学校経営は大きく変わっていくと思います。

 勘所2  校長は職員への発信に神経を注がなければならない
 よく「校長は講話で勝負する」と言いますが、これは主に児童生徒や保護者向けの講話のことです。もちろんこれらは重要で、私も校長のときは毎回相当苦心しました。しかしそれ以上に、校長が重点を置き、神経を注がなければならないのは、実は職員への話なのです。なぜなら、その校長の言葉によって学校組織が動き、あらゆる教育活動が展開されるからです。そして、その教育活動によって子供が変わっていくのです。
 また、校長は職員へ話す機会も多く、それは児童生徒や保護者などの比ではありません。朝の打合せ、会議、研修等、必ず校長の一言が求められ、そこでの言葉次第で職員の意識も動きも違ってきます。
  さらに校長の言動は職員から評価されています。一人一人の職員が校長を信頼し、校長の考えに納得し、共感・共鳴して、一丸となって学校運営に当たれるかどうかは、校長の言葉次第ということになります。ですから、校長は職員への発信に最も神経を注がなければならないのです。

 勘所3  人は指示や命令では動かない
 部下職員は指示や命令では動きません。しかし、たとえ容易ではない指示や命令であっても、その背景となる状況や明確な根拠を伝えることにより、部下は屈辱感なしに受け入れるといいます。これを「状況の法則」といいます。
 校長としてむやみに無理難題を課すことは避けなければなりませんが、状況によっては負担になる仕事を依頼しなければならない場合があります。
 その実例として、隣町の旧水沼小での生活をあげました。生徒のバス送迎、職員は旧水沼小、中央公民館、市貝中と2重、3重の生活。職員の負担軽減を図り、バスの乗車指導は行っていませんでした。ところが、6月後半にバスでのトラブルが連続して発生、更には、不注意とはいえ旧水沼小のガラスを立て続けに割るなど生活全体に落ち着きがなくなってきました。私は、些細なことですが早めに対処しないと後々収拾がつかない事態になりかねないと判断し、職員がバスに乗車すること、他の職員はバスが到着時に全員で子供たちを迎えることを依頼しました。しかし、職員はこれまでの厳しい状況の中で疲れが溜まっていることも承知していました。
 そこで、これらを依頼する理由として「割れ窓の理論」を職員に示しました。割れ窓の理論とは、「窓が割れたまま放置しておくと建物全体が荒廃する。だから、初期段階で軽微な違法行為を徹底して取り締まれば凶悪犯罪も防ぐことができる。つまり、小さな犯罪を見逃すとやがて凶悪事件が横行する」という理論です。
 状況の法則に従い、指示・命令の根拠を割れ窓の理論で明示したことにより、職員には相当負担だったと思いますが、状況を理解し受け入れてくれました。
 校長として「人は指示や命令では動かない」ということを常に意識し、それ相当の根拠を示していくことは大切なことです。

 勘所4  学校経営の第1歩は距離感を縮めること
 一校目の市貝中はかつて8年間勤務したところですので、学校、保護者、地域を相当知っていました。ところが、2校目は初めて勤務する学校ですので、全く分かりません。
 そこで、私が心がけたことは、職員、保護者、地域の方々との距離感を縮めることで、これが学校経営の第1歩と考えます。特に職員との距離を縮めるためには、職員への直接のアプローチももちろん大切ですが、それ以上に、子供への働きかけ、学校の歴史、教育目標の解釈等、間接的なことが以外と効果がありますので、それらを紹介しました。
  距離感を縮めることは地道な取り組みですが、怠ると意外なところで亀裂を生じかねませんので、心得ておくとよいでしょう。

 勘所5  布石を打つ
 校長が替われば学校が変わると言われます。しかし、学校の雰囲気は1年目でも変わるかもしれませんが、教育活動そのものはそうはいきません。校長がどんなに素晴らしい構想をもっていたとしても、いきなりやりたいことができるかといったら、それは難しく、校長の思いを実現するには、その道筋を描き、必要な布石を打っていくことが大切です。
 それを中学校において教科の壁を越えた授業研究会を例に取り、次のような布石を打ったことを紹介しました。
 ① 校長室だよりによって、教科の壁を越えた授業研究会の必要性を訴える。
 ② 職員を総合教育センターと芳広教委の研修に派遣し授業研究を学ばせる。
 ③ 授業を見る一貫性のある視点(本時のねらいから見た手立ての有効性)を示す。
 ④ 校長自らが授業を行い、研修派遣の教員を中心とした授業研究会を行う。
 ①は即効性はありませんが、連続で少しずつ示すことによって浸透し、外堀を埋める効果があります。②は事を成し遂げるには校内だけで完結しませんから外部資源の活用が不可欠です。③はこの実践の本丸であって、これによって成否が分かれます。④は「隗より始めよ」で、校長は職員に強いるばかりでは事はうまくいきません。実際には1年で異動してしまったため、結果を見届けることは叶いませんでしたが、先を見通して布石を打つことは大切なことです。

 勘所6  校長と職員の危機意識は異なる
 校長と一般教員では意識がかなり違うと言えます。当然と言えば当然なのですが、それを意識して学校経営に当たれるかどうかで成否が分かれると思います。特に危機意識については、一般教員の方が遥かに低いということに注意しなければなりません。
  校長は常に全体的、多面的、複眼的に見ています。また、先を見てかなり悲観的に見ている場合が多いのです。そして、たとえ身近で起こっていなくても当事者意識をもって事態を見ています。しかしながら、一般職員はそこまではいきません。
  実際、生徒が「死にたい」と言ったとしても、担任は意外と軽く見ている感じを受けたことがあります。看過できないので、再度本人から詳しく事情を聞いたり、学級や部活動の交友関係も調べたりしたのですが、部活動での交友関係にも起因していたようで、いじめとも取れる言動もありました。こういった例をもとに、校長と職員との危機意識の違いを話しました。
 一般教員は自分とは同じではなく、危機意識は低いということを認識して事に当たることは、危機管理上極めて重要だと思います。

         

郡市校長会でこんなことを話しました。

6月4日(火)に郡市校長会がありましたが、冒頭の挨拶で、私の経験をもとに次のようなことを話しました。 

   校長は結論をもって臨む                                

 校長先生は常に判断を迫られ、日々緊張感があります。もちろん、教頭の考えを求めたり、職員の合意で結論付けたりすることもあるでしょう。時には難しい判断を強いられ、迷うことだってあるかもしれません。
 私が新任校長として市貝中に赴任して早々のことでした。東日本大震災で甚大な被害を受けた市貝中は、旧水沼小での生活を余儀なくすることになりました。そのため、市貝町中央公民館から大型バス7台で生徒を送迎することになり、4月13日から始まりました。しかし、これがそう簡単ではありませんでした。 
 生徒は朝7時50分に中央公民館集合としたのですが、最初に直面した問題は遅刻者への対応でした。職員からは、遅刻が分かるよう通学班を編成する、遅刻と分かれば職員が待って対応する、或いは、遅刻と分かった時の出発時刻をどこまで遅らせるか、等々侃々諤々の話し合いになりました。結局、この時の職員会議では決着が付かず、運営委員会に委ねることになりました。最終判断を下さなければならない校長としても難しい問題です。
 しかし、私は最初から結論は決まっていました。それは、バスは定刻通り7時50分に出発すること、遅刻者には、乗車指導の職員がその保護者に連絡、保護者が責任をもって対応すること、たとえ、仕事や車の免許がなく直接保護者が対応できなくても、タクシーを使うなど保護者自身に任せること、遅刻者については職員は一切かかわらないこと、と少々生徒と保護者にとっては厳しめのものでした。 
 それはなぜかと言いますと、旧水沼小での日課は、必要な授業時数を極力確保するため最大限考慮して作成したものですから、一人の遅刻者のためにそれを崩すわけにはいきません。また、遅刻者への対応で授業に支障を来すことがあってはいけません。それに、旧水沼小での生活は職員の負担増になっており、これ以上負担をかけるわけにはいきませんし、送迎の際の事故等も考えられます。そして、遅刻はなんといっても本人の責任ですので、その対応は基本的には保護者が当たるべきです。厳しいようですが、これらは、はっきりとさせておかなければならないと思ったからです。
    校長は結論をもって会議や話し合いに臨むべきと考えます。運営委員会でも、様々な意見が出され、私は、それらに真摯に耳を傾けました。聞くことは重要ですし、結論を修正することもできます。しかし、最後は、校長として先の結論を言いました。だからといって、職員会議や運営委員会での議論は無駄ではありません。むしろ、そういった議論は、職員の参画意識や資質能力の向上のためには不可欠です。校長は、答えをもっていて、敢えて質問することも必要でしょう。そのためにも、会議等には結論をもって臨むことが大切です。

                              

 

ICT元年 学校と市教委が一丸となって取り組みましょう!

 5月1日(水)に元号が令和に変わり、新しい令和の時代がスタートしました。ご承知のとおり、新しい元号「令和」は、万葉集「梅の花の歌」の序文「初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かを)らす」からの引用です。安倍総理は会見で、「厳しい寒さの後に見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる日本でありたいという願いを込めた」と述べています。
 この言葉の「日本人」を「子供」に換えて、「一人一人の子供が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる」ようにする営みは、学校教育に他なりません。なぜなら、このように換えると、この言葉は子供たちの自己実現のことであり、それは学校教育の目指すべき働きであるからです。これを教育基本法では、第5条第2項において「義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い」と謳っています。
 ですから、「令和」の元号に込められた願いを、私たち教育関係者は学校教育への期待と受け止め、これからの21世紀を生きる子供たちのために更なる教育の充実・発展に努めていかなければならないと思います。
 本市においてもその願いを実現すべく、今後一層進展することが予想されるグローバル化や情報化への対応を鑑み、「ふるさと真岡を愛し、世界で活躍する真岡っ子の育成」を目指し、様々な施策を展開しています。
 特に、昨年度から取り組んでいるICT教育においては、市内小中学校全ての普通教室、特別支援教室、理科室に65インチのモニター一体型電子黒板を完備しました。ICT導入モデル校の真岡東小と真岡西中はもちろんのこと、全ての学校でこれらの機器を活用した授業づくりに取り組んで頂いております。今年度はタブレットやデジタル教科書も順次配備し、ICT教育のための学習環境を整えていきます。
 こういった取組みを踏まえ、年頭所感では「授業改善ではなく授業改革」と称して、ICT機器を活用した授業づくりに本腰を入れて取り組みたい旨、お伝えしました。さらに本年度中には、教職員の事務処理の負担が軽減できるよう、統合型校務支援システムを全校配備することになっています。
 そこで本市においては、令和元年に因んで本年度を「ICT元年」と位置付け、ICTを積極的に活用した学校づくりに、学校と市教委が一丸となって取り組んでいきたいと思っております。各学校におきましても、「ICT元年」を合い言葉に積極的なICT機器の活用をお願いします。