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2018年9月の記事一覧

ルールは教えるものです!

 公園で4人の子供がかくれんぼを始めました。ひとりが「おに」になり、私の近くにある木の下で、「1、2、3・・・」と数え始めました。そして10数えた後、「もーいいかい」と何度か聞きました。隠れた子供たちから「まーだだよ」と最初は返答があったのですが、その後なくなったので、「おに」の子供は隠れた3人を探し始めました。
  少し経った後で、「○○ちゃん、みーつけた!」と声がしました。その後、しばらくして3人全員が見つかりました。
 私は、次の「おに」となる子供がこちらに来るのだろうと待っていましたが、いつまで経っても来ませんでした。気になったので様子を見に行くと、4人の子供たちは別の遊びをしていました。不思議に思ってひとりの子供に聞いてみたところ、誰も「おに」をやらないからかくれんぼは止めてしまった、とのことでした。
 えっ、誰も「おに」をやらない・・・? 驚きました。次の「おに」は一番最初に見つかった者がなる、というのがかくれんぼのルールではなかったでしょうか。このルールはどこへ行ってしまったのでしょうか。
 おそらく、この4人の子供は誰からもそのルールを教わっていないのです。私の子供の頃は、近所のほとんどの子供が空き地に集まって一緒に遊んでいました。かくれんぼもその中で行われ、初めて加わった子供には年長の子供が教えたと思います。今の子供はそれがないのです。だから、かくれんぼのルールも知らない。知らないからこのときのように、最初に見つかった子供でも「おに」が嫌なら拒否することができ、他の子供もそれを無理に通そうとしないため、そこでかくれんぼが終わってしまったのです。
 ルールは教えなければ分かりません。分からなければできないのは当たり前です。
 昨今、子供の規範意識の低下が問題視されています。規範意識とは、道徳、倫理、法律等の社会のルールを守ろうとする意識のことで、規範は社会のルールです。ルールであれば、教えなければ子供は分からないのです。
 以前のように、家庭や地域の教育力が確かなものであれば、そこで子供は教えられたので学校の出番はなかったと言えます。しかしそれが以前ほど期待できない現在、「社会のルールを教える」という役割を担うのは学校以外にありません。構図は冒頭のかくれんぼと同じですから、しっかりと教えなければ、規範意識は益々低下してしまいます。