日誌

田上教育長日誌

真岡西中学校創立30周年記念式典祝辞

10月25日(金)に真岡西中学校創立30周年記念式典が、東泉真岡西中学校PTA会長を実行委員長とする実行員会主催で開催されました。

式典開催の祝辞として次のように述べました。

                                                祝  辞

 本日は、真岡西中学校創立30周年記念式典が、かくも盛大に挙行させますこと、誠におめでとうございます。
 顧みますと、真岡西中学校が開校したのは平成2年4月です。時代は昭和から平成に変わり、バブル時代の好況期の中での開校でありました。
 当時、市内から臨む小高い丘の上に、瓦屋根を配した斬新で趣のある校舎と、丘の中腹に屹立する近代的な2階建ての体育館を配置した本校は、まさに「西輝が丘」の由来のとおり、西の丘に美しく光り輝き、大きな希望に満ちた学校であって、関係者の期待もことのほか大きかったことと思われます。
  そういった期待を一身に受け、本校は創立以来、「心身ともに健康で、誇り高い「西輝が丘」生徒の育成」を目指し、地域に根ざした特色ある教育活動を着実に展開してきました。そして、新たな歴史を刻み、連綿と伝統を受け継ぎ、国際交流をはじめとする各種行事や生徒会活動、部活動等において、輝かしい成果を収めてきました。
  中でも平成5年に始まりました台湾斗六市正心高級中学校との国際交流におきましては、昨年25周年を迎えられ、進展するグローバル化の時代にふさわしい、姉妹校相互交流という特色ある教育活動を確実に展開されておられます。
 また、昨年度と本年度は、本市が推進しておりますICT教育の導入モデル校として、電子黒板やタブレット、デジタル教材等の効果的な活用に積極的に取り組んでいただいております。
 これもひとえに、歴代の校長先生はじめ、教職員、保護者、地域、関係する皆様がたの並々ならぬ御尽力の賜物と、心より感謝申し上げます。
 さて、時代は平成から令和に変わりました。「令和」の元号は万葉集の序文「初春の令月にして、きよく風和らぎ・・・」という句からの引用で、「厳しい冬の寒さの後に見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる日本でありたい」という願いが込められているそうです。
  この「日本人」を「子供」に換えますと、「一人一人の子供が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる」ようにする営みは、教育に他なりません。ですから私たちは、この「令和」という元号に込められた願いを教育への期待と受け止め、日々の教育に取り組んでいかなければならないと思っております。
 真岡西中学校におかれましては、その令和の時代の幕開け、記念すべき元年に創立30周年を迎えられたことを契機として、より一層の充実した教育活動が展開されますことをご期待申し上げます。
 結びになりますが、真岡西中学校の益々のご発展と関係の皆様方の益々のご健勝を心より御祈念申し上げ、お祝いの言葉といたします。

                 令和元年10月25日

                                  真岡市教育委員会教育長 田上富男

「子供の助けを借りる」という発想の大切さ

 夏休みも後半に入りました。これまで各学校の適切な指導のお陰で、子供の命に関わるような交通事故や水難事故等もなく、無事夏休みが送れていますことに感謝申し上げます。
 さて、去る8月1日(木)に茨城県笠間市で、文部科学省主催「児童生徒の自殺予防に関する普及啓発協議会」が開催されました。協議会と言っても実際は、文部科学省の行政説明と九州産業大学の窪田由紀教授の講話・演習でした。私も、子供たちの尊い命を自殺から守れるならと思い、藁をも掴む思いで参加させていただきました。
 ほぼ1日の講話・演習でしたが、特に成果と言えば、「子供の助けを借りる」ということの重要性を再確認したことです。このように言いますと、「え!それだけですか」と言われてしまうかもしれませんが、実はこれは極めて大切なことです。つまり、子供のことは子供が一番よく知っていて、たとえ自殺であっても、必ずSOSのサインを周囲の子供には発信しているということです。ということは、自殺を未然に防ぐには、発信されたSOSのサインを、教師が周囲の子供からいかにキャッチするか、が決め手となります。そのための「子供の助けを借りる」ということであって、それは教師に求められる極めて重要な力と言えます。
 あと2週間で2学期が始まります。内閣府の2015年版自殺対策白書によりますと、子供の自殺が最も多いのは、2学期が始まる9月1日の前後であることが明らかになっています。これが発表になった後も、この時期になると毎年子供が自殺しており、不幸にも統計上の危機が現実となってしまっています。
 子供にとっての危機は至るところにあります。たとえ自殺であっても、決して対岸の火事ではなく身近に起こります。思春期の子供は、傷つきやすくガラス細工のような脆い一面を持っています。特に子供の深層心理は複雑で、大人には理解しがたいところがあります。だからこそ、教師はその兆候を見逃さず、適切に対応することが求められるのです。しかし残念ながら、子供がSOSを発信し続けていたにもかかわらず、それを察知できず、最悪の結果に至っていることがたびたび起きています。
 そうならないよう、子供のことは子供が一番よく知っているという認識に立ち、「子供の助けを借りる」という発想も必要です。
 明日では手遅れになる場合があります。なんらかのSOSを発信し、助けを待っている子供が目の前にいるかもしれません。教師は、そういった子供をいち早く発見し、適切な対応をしなければなりません。夏休み明けこそ、教師の力量が最大限に要求されますので、よろしくお願いします。

学校経営の勘所(芳賀郡市校長研修会講話概要)

研修会風景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月12日(金)に真岡市青年女性会館で、芳賀郡市内の小中学校の校長先生を対象に学校経営研修会がありました。研修講師として90分の時間を頂き、「学校経営の勘所」と題して、次の6つのことについて話しました。

 勘所1  校長の仕事は職員を動かして子供を変えること
 勘所2  校長は職員への発信に神経を注がなければならない
 勘所3  人は指示や命令では動かない
 勘所4  学校経営の第1歩は距離感を縮めること
 勘所5  布石を打つ
 勘所6  校長と職員の危機意識は異なる
 これらは私自身が校長として実際に行ったことや経験したことの中で、是非とも校長先生方に伝えたかったことであって、学校経営に何かしらのお役に立つ内容と思っています。以下、その概要について順次説明します。
 
 勘所1 校長の仕事は職員を動かして子供を変えること
 私が新任校長として赴任した市貝中学校は、東日本大震災で甚大な被害を受け、校舎が使えず、隣町の廃校になった旧水沼小で生活するなど、かなり不便な生活を強いられました。学校にとって校舎が使えないことは想像以上に重大で、多くの困難がありましたが、私自身の校長としての学びもたくさんありました。その一つが勘所1で示したことです。
 部活動ができない、給食や電気がない、野ざらしの自転車置き場などの不便な生活も月日が経つにつれ徐々に改善されてきました。そしてついに、教室に待望の電気が点きました。子どもたちは歓声をあげて喜びました。
 私は、このときの喜びを単なる喜びだけに終わらせたくないと思い、朝の打合せで職員に「今こそ子どもたちに、これまでの生活の豊かさや当たり前のことが当たり前にできる幸せを話し、当たり前の生活に感謝する気持ちをもたせてほしい」と伝えました。
  すると、7月10日付けの下野新聞に、震災4か月の県内被災小中学校の状況を伝える記事が掲載され、本校の生徒が震災後の生活について「当たり前の生活のありがたさを感じる」と答えていたのです。この記事を読み、これこそ校長の仕事なんだと実感しました。
  つまり、校長の仕事は自分ではできないかわりに、職員を動かして子どもたちを変えていくことにある、ということをこのとき知ったのです。校長の意図することが職員に伝わり、職員が動いてはじめて学校経営ができるということを知りました。
 これはなんと言っても学校経営の最も大事な勘所です。校長が自ら行うことも大事ですが、それは限られています。「職員を動かして子供を変えること」これを知っていることで学校経営は大きく変わっていくと思います。

 勘所2  校長は職員への発信に神経を注がなければならない
 よく「校長は講話で勝負する」と言いますが、これは主に児童生徒や保護者向けの講話のことです。もちろんこれらは重要で、私も校長のときは毎回相当苦心しました。しかしそれ以上に、校長が重点を置き、神経を注がなければならないのは、実は職員への話なのです。なぜなら、その校長の言葉によって学校組織が動き、あらゆる教育活動が展開されるからです。そして、その教育活動によって子供が変わっていくのです。
 また、校長は職員へ話す機会も多く、それは児童生徒や保護者などの比ではありません。朝の打合せ、会議、研修等、必ず校長の一言が求められ、そこでの言葉次第で職員の意識も動きも違ってきます。
  さらに校長の言動は職員から評価されています。一人一人の職員が校長を信頼し、校長の考えに納得し、共感・共鳴して、一丸となって学校運営に当たれるかどうかは、校長の言葉次第ということになります。ですから、校長は職員への発信に最も神経を注がなければならないのです。

 勘所3  人は指示や命令では動かない
 部下職員は指示や命令では動きません。しかし、たとえ容易ではない指示や命令であっても、その背景となる状況や明確な根拠を伝えることにより、部下は屈辱感なしに受け入れるといいます。これを「状況の法則」といいます。
 校長としてむやみに無理難題を課すことは避けなければなりませんが、状況によっては負担になる仕事を依頼しなければならない場合があります。
 その実例として、隣町の旧水沼小での生活をあげました。生徒のバス送迎、職員は旧水沼小、中央公民館、市貝中と2重、3重の生活。職員の負担軽減を図り、バスの乗車指導は行っていませんでした。ところが、6月後半にバスでのトラブルが連続して発生、更には、不注意とはいえ旧水沼小のガラスを立て続けに割るなど生活全体に落ち着きがなくなってきました。私は、些細なことですが早めに対処しないと後々収拾がつかない事態になりかねないと判断し、職員がバスに乗車すること、他の職員はバスが到着時に全員で子供たちを迎えることを依頼しました。しかし、職員はこれまでの厳しい状況の中で疲れが溜まっていることも承知していました。
 そこで、これらを依頼する理由として「割れ窓の理論」を職員に示しました。割れ窓の理論とは、「窓が割れたまま放置しておくと建物全体が荒廃する。だから、初期段階で軽微な違法行為を徹底して取り締まれば凶悪犯罪も防ぐことができる。つまり、小さな犯罪を見逃すとやがて凶悪事件が横行する」という理論です。
 状況の法則に従い、指示・命令の根拠を割れ窓の理論で明示したことにより、職員には相当負担だったと思いますが、状況を理解し受け入れてくれました。
 校長として「人は指示や命令では動かない」ということを常に意識し、それ相当の根拠を示していくことは大切なことです。

 勘所4  学校経営の第1歩は距離感を縮めること
 一校目の市貝中はかつて8年間勤務したところですので、学校、保護者、地域を相当知っていました。ところが、2校目は初めて勤務する学校ですので、全く分かりません。
 そこで、私が心がけたことは、職員、保護者、地域の方々との距離感を縮めることで、これが学校経営の第1歩と考えます。特に職員との距離を縮めるためには、職員への直接のアプローチももちろん大切ですが、それ以上に、子供への働きかけ、学校の歴史、教育目標の解釈等、間接的なことが以外と効果がありますので、それらを紹介しました。
  距離感を縮めることは地道な取り組みですが、怠ると意外なところで亀裂を生じかねませんので、心得ておくとよいでしょう。

 勘所5  布石を打つ
 校長が替われば学校が変わると言われます。しかし、学校の雰囲気は1年目でも変わるかもしれませんが、教育活動そのものはそうはいきません。校長がどんなに素晴らしい構想をもっていたとしても、いきなりやりたいことができるかといったら、それは難しく、校長の思いを実現するには、その道筋を描き、必要な布石を打っていくことが大切です。
 それを中学校において教科の壁を越えた授業研究会を例に取り、次のような布石を打ったことを紹介しました。
 ① 校長室だよりによって、教科の壁を越えた授業研究会の必要性を訴える。
 ② 職員を総合教育センターと芳広教委の研修に派遣し授業研究を学ばせる。
 ③ 授業を見る一貫性のある視点(本時のねらいから見た手立ての有効性)を示す。
 ④ 校長自らが授業を行い、研修派遣の教員を中心とした授業研究会を行う。
 ①は即効性はありませんが、連続で少しずつ示すことによって浸透し、外堀を埋める効果があります。②は事を成し遂げるには校内だけで完結しませんから外部資源の活用が不可欠です。③はこの実践の本丸であって、これによって成否が分かれます。④は「隗より始めよ」で、校長は職員に強いるばかりでは事はうまくいきません。実際には1年で異動してしまったため、結果を見届けることは叶いませんでしたが、先を見通して布石を打つことは大切なことです。

 勘所6  校長と職員の危機意識は異なる
 校長と一般教員では意識がかなり違うと言えます。当然と言えば当然なのですが、それを意識して学校経営に当たれるかどうかで成否が分かれると思います。特に危機意識については、一般教員の方が遥かに低いということに注意しなければなりません。
  校長は常に全体的、多面的、複眼的に見ています。また、先を見てかなり悲観的に見ている場合が多いのです。そして、たとえ身近で起こっていなくても当事者意識をもって事態を見ています。しかしながら、一般職員はそこまではいきません。
  実際、生徒が「死にたい」と言ったとしても、担任は意外と軽く見ている感じを受けたことがあります。看過できないので、再度本人から詳しく事情を聞いたり、学級や部活動の交友関係も調べたりしたのですが、部活動での交友関係にも起因していたようで、いじめとも取れる言動もありました。こういった例をもとに、校長と職員との危機意識の違いを話しました。
 一般教員は自分とは同じではなく、危機意識は低いということを認識して事に当たることは、危機管理上極めて重要だと思います。

         

郡市校長会でこんなことを話しました。

6月4日(火)に郡市校長会がありましたが、冒頭の挨拶で、私の経験をもとに次のようなことを話しました。 

   校長は結論をもって臨む                                

 校長先生は常に判断を迫られ、日々緊張感があります。もちろん、教頭の考えを求めたり、職員の合意で結論付けたりすることもあるでしょう。時には難しい判断を強いられ、迷うことだってあるかもしれません。
 私が新任校長として市貝中に赴任して早々のことでした。東日本大震災で甚大な被害を受けた市貝中は、旧水沼小での生活を余儀なくすることになりました。そのため、市貝町中央公民館から大型バス7台で生徒を送迎することになり、4月13日から始まりました。しかし、これがそう簡単ではありませんでした。 
 生徒は朝7時50分に中央公民館集合としたのですが、最初に直面した問題は遅刻者への対応でした。職員からは、遅刻が分かるよう通学班を編成する、遅刻と分かれば職員が待って対応する、或いは、遅刻と分かった時の出発時刻をどこまで遅らせるか、等々侃々諤々の話し合いになりました。結局、この時の職員会議では決着が付かず、運営委員会に委ねることになりました。最終判断を下さなければならない校長としても難しい問題です。
 しかし、私は最初から結論は決まっていました。それは、バスは定刻通り7時50分に出発すること、遅刻者には、乗車指導の職員がその保護者に連絡、保護者が責任をもって対応すること、たとえ、仕事や車の免許がなく直接保護者が対応できなくても、タクシーを使うなど保護者自身に任せること、遅刻者については職員は一切かかわらないこと、と少々生徒と保護者にとっては厳しめのものでした。 
 それはなぜかと言いますと、旧水沼小での日課は、必要な授業時数を極力確保するため最大限考慮して作成したものですから、一人の遅刻者のためにそれを崩すわけにはいきません。また、遅刻者への対応で授業に支障を来すことがあってはいけません。それに、旧水沼小での生活は職員の負担増になっており、これ以上負担をかけるわけにはいきませんし、送迎の際の事故等も考えられます。そして、遅刻はなんといっても本人の責任ですので、その対応は基本的には保護者が当たるべきです。厳しいようですが、これらは、はっきりとさせておかなければならないと思ったからです。
    校長は結論をもって会議や話し合いに臨むべきと考えます。運営委員会でも、様々な意見が出され、私は、それらに真摯に耳を傾けました。聞くことは重要ですし、結論を修正することもできます。しかし、最後は、校長として先の結論を言いました。だからといって、職員会議や運営委員会での議論は無駄ではありません。むしろ、そういった議論は、職員の参画意識や資質能力の向上のためには不可欠です。校長は、答えをもっていて、敢えて質問することも必要でしょう。そのためにも、会議等には結論をもって臨むことが大切です。

                              

 

ICT元年 学校と市教委が一丸となって取り組みましょう!

 5月1日(水)に元号が令和に変わり、新しい令和の時代がスタートしました。ご承知のとおり、新しい元号「令和」は、万葉集「梅の花の歌」の序文「初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かを)らす」からの引用です。安倍総理は会見で、「厳しい寒さの後に見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる日本でありたいという願いを込めた」と述べています。
 この言葉の「日本人」を「子供」に換えて、「一人一人の子供が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる」ようにする営みは、学校教育に他なりません。なぜなら、このように換えると、この言葉は子供たちの自己実現のことであり、それは学校教育の目指すべき働きであるからです。これを教育基本法では、第5条第2項において「義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い」と謳っています。
 ですから、「令和」の元号に込められた願いを、私たち教育関係者は学校教育への期待と受け止め、これからの21世紀を生きる子供たちのために更なる教育の充実・発展に努めていかなければならないと思います。
 本市においてもその願いを実現すべく、今後一層進展することが予想されるグローバル化や情報化への対応を鑑み、「ふるさと真岡を愛し、世界で活躍する真岡っ子の育成」を目指し、様々な施策を展開しています。
 特に、昨年度から取り組んでいるICT教育においては、市内小中学校全ての普通教室、特別支援教室、理科室に65インチのモニター一体型電子黒板を完備しました。ICT導入モデル校の真岡東小と真岡西中はもちろんのこと、全ての学校でこれらの機器を活用した授業づくりに取り組んで頂いております。今年度はタブレットやデジタル教科書も順次配備し、ICT教育のための学習環境を整えていきます。
 こういった取組みを踏まえ、年頭所感では「授業改善ではなく授業改革」と称して、ICT機器を活用した授業づくりに本腰を入れて取り組みたい旨、お伝えしました。さらに本年度中には、教職員の事務処理の負担が軽減できるよう、統合型校務支援システムを全校配備することになっています。
 そこで本市においては、令和元年に因んで本年度を「ICT元年」と位置付け、ICTを積極的に活用した学校づくりに、学校と市教委が一丸となって取り組んでいきたいと思っております。各学校におきましても、「ICT元年」を合い言葉に積極的なICT機器の活用をお願いします。