日誌

田上教育長日誌

教師は教えることのプロです!

 教師は教えることのプロです。これには誰もが異論はないでしょう。では、「プロの教師」とはどのような教師を言うのでしょうか。採用試験に合格し、赴任した学校で授業や学級担任等を受け持てばプロの教師となったことになるのでしょうか。もちろん否で、プロの教師となるにはそれ相当の条件が必要です。
  であれば、その条件とは何でしょうか。これについては諸説ありますが、少なくとも次の4つの条件はプロとして必須のものと考えます。
   まずは「専門性」です。当たり前のことですが、プロの教師は高い専門性を有していなければなりません。学習指導だけでなく学級経営や児童・生徒指導等の専門性も必要です。ところがこれらは、知識や技術だけでなく教師の肌感覚も要求されますので、容易に会得できるものではありません。相当の経験と研修が必要になります。教師は反省的実践家と言われるように、実践し省察し自己研修によって更に深めていく営みが求められるのです。
    次に「研究心」です。「研究なき実践は停滞する」と言われますように、研究し理論に裏付けられた実践でなければ、単なる独りよがりに過ぎず、成果は得られません。プロのスポーツ選手やプロの小説家など、世の中でプロと名の付く人たちを見れば分かるように、全てが旺盛な研究心に支えられています。教師にとっても当然それは欠かせません。
    そして「成果」です。これはプロにとって絶対的なものですが、残念ながら教師の意識は極めて低いと言えます。しかし今や、学力向上が県や市町の人口減少対策の一施策となるなど、教育が学校だけの閉じた世界で論じられる問題ではなくなってきています。それに相まって、現在は評価の時代とも言われ、成果主義が席巻している中では「成果」は避けて通れないのです。
    最後に「責任」です。結果について常に「責任」が問われるのがプロです。が、これについても教師の意識が低いと言わざるを得ず、一抹の不安を抱いています。教科担任であれ学級担任であれ、一人一人の子供を1年間責任をもって教え導かなければならないのですが、できているでしょうか。また、組織人としての責任も同様です。
    以上、私の考える「プロの教師」について述べましたが、「あらゆる教育論は教師論に行き着く」と言われるように、いつの時代でも教育の成否はその直接の担い手である教師に係っています。現在の芳賀地区は大量退職の時代にあり、経験年数の少ない教師が増えていますので、一人一人の教師の資質能力の向上がこれまで以上に求められています。だからこそ、誰もがプロ意識を持って取り組むことが大切であり、そのためには「専門性」「研究心」「成果」「責任」の4つの条件を具備することが重要と考えています。

 

異動は最大の研修である

 毎年、春の訪れと共に人事異動の季節を迎えます。教職員であれば異動は避けて通れないことではありますが、長年勤務し愛着のある職場を離れることは誰でも寂しいものです。また、異動先でうまくやれるかなどと、一抹の不安も付きまといます。
  私自身40歳半ばから、3年、2年、2年、2年、1年、3年、1年、そして現在と、小刻みな異動を転々と繰り返してきました。異動した先々では、当初電話一つ取ることができず、悪戦苦闘の連続でした。しかし、どの職場でもある一定期間を過ぎれば、それなりにその職場に馴染んで仕事も行うことが出来るようになっていました。これは皆さんも同じことだと思います。我々教職員はこうして一つ一つ仕事を身に付け、自分自身のキャリアを形成していくのです。
 それ故、「異動は最大の研修である」と言われています。新しい職場は元の職場と多かれ少なかれ勝手が違い仕事も異なりますから、自分自身の能力開発のチャンスになるというわけです。人事異動では、主に次のようなことが期待されています。
① 気分一新して新たな気持ちで仕事を行うことができる。
② 新しい業務に就くことによって、自分自身のキャリアを形成することができる。
③ 学校文化・風土の違いから、たとえベテランでも新たなことを学 ぶことができる。
 ずっと同じ職場では、どんなに気を付けていても慣れが生じたり、仕事に対する固定観念が生じたりして、自己向上の妨げとなる場合があります。そのため、異動は自分の能力開発のために与えられた絶好の機会と捉えることが大切です。今回異動になる教職員の皆さんには、「異動は最大の研修である」ということを肝に銘じて、4月から新し職場での一層の活躍を期待します。

交通事故は自ら注意しないと防げない

 立春が過ぎて、春の息吹が感じられる時節になって参りました。学校では年度末の卒業式や修了式を控え、1年間の学校運営の最終段階に入ります。そこでこれからの時期、特に注意しなければならないのは子供の事故です。
 消費者庁の調べによれば、公園や学校、商業施設などにある遊具での子供の事故は、三月から五月に増える傾向があるといいます。子供の事故は、暖かくなるこれからの時期に発生しやすくなる、ということを知っておかなければなりません。
 また、中学校では、進路が決定した3年生は緊張感から解放されます。1・2年生にあっては、部活動もこれといった大会等がなく目標が見えない時期であり、学年末テストが終わると、それ以上に緊張感がなくなると思われます。それに相まって春の陽気も手伝い、子供だけでなく大人も気が緩みがちになるのがこれからの時期です。ですから、たとえ自らの過失がなかったとしても思わぬ事故に遭う危険性があります。
 3年前に某市で発生した交通事故がまさにそれでした。その事故は、卒業式を1週間後に控えた3月1日の放課後に起きました。市内の中学3年生が信号機のある交差点を自転車で横断中、左折するタンクローリーに巻き込まれてしまいました。生徒は頭を強く打ち、間もなく死亡するという痛ましい事故となってしまいました。
 事故の原因は、ドライバーが横断中の生徒に気付かなかったことのようですが、この事故に限らず、横断中の歩行者等を巻き込む事故は幾つも発生しています。日常的に運転しているドライバーであれば、信号機のある交差点で右左折する際に、横断中の歩行者等に気付くのが遅れ、ハッとした経験は1度や2度はあることでしょう。ましてや、春が近付きつつあるこれから時期です。危険度は増してしかるべきです。
 交通事故は、いつ、どのような形で起こるか分かりません。たとえ交通ルールを守っていても事故に遭う危険性はあるのです。事故防止には、信号無視等の違反行為や飛び出し禁止だけでなく、このことも子供たちに十分認識させておく必要があります。
  特に、信号が青だからといって全く左右を確認せず横断する自転車を見かけますが、危険です。最近起きた生徒の自転車事故の中にも、青信号で横断中に車と接触している事故が散見します。もちろん、いずれも車側の過失なのですが、自転車側で左右確認していれば防げた事故でもあります。
 改めて、交通事故は自ら注意しなければ防げません。特に信号機のある交差点では正しく横断していても事故に遭う危険性がありますので、横断する際は信号が青になっても、もう一度左右確認する危機意識を子供たちに持たせてほしいと思います。

「授業改善」ではなく「授業改革」

 新年あけましておめでとうございます。平成31年がスタートしました。今年は亥年です。「亥」は十二支の中で最後の年です。偶然にも「平成」も最後となります。「終わりよければすべしよし」となるよう、先ずは元号が変わる5月までを有終の美で飾りたいものです。そして新元号の下、新たな時代の幕開けに相応しい飛躍の年にしたいと思っています。

2019干支

 そこで、今年はICT機器を活用した授業づくりに、本腰を入れて取り組んで行きたいと思います。
 本市では昨年末までに、市内小中学校全ての普通教室、特別支援教室、理科室に65インチのモニター一体型電子黒板を完備しました。今年から来年にかけてタブレットやデジタル教科書等も配備し、ICT教育のための学習環境を整えていきます。
 現在、真岡東小学校と真岡西中学校がICT導入モデル校として、これらの機器を活用した授業づくりに取り組んでおります。早速、昨年10月17日(水)には石坂市長をはじめ市教委で、12月13日(木)には市議会でモデル校を訪問し、授業を参観しました。どの授業もICT機器の活用が図られ、子供たちも意欲的で能動的な授業が展開されていました。
 中でも、私が見たグループ活動の授業では、タブレットと電子黒板が効果的に働いていました。その授業では、教師がワークシート等の電子データを各グループのタブレットに配信し、一斉に指示しました。グループでの話し合いでは、その内容をタブレットに整理すると、各グループの状況が電子黒板に映し出され一目瞭然となります。教師はそれを基に指導・助言していました。また、発表はタブレットと電子黒板を使って行っていました。発表者が追加の書き込みもできますし、教師が電子黒板に直接書き込みもできます。
 この授業を見たのは10月17日(水)です。タブレットや電子黒板を配備してから2か月も経ってないときの授業ですから、機器の機能のほんの一部を活用したに過ぎないでしょう。にもかかわらず、従来では考えられなかったような授業が展開できるのです。ICT機器には多種多様な機能が備わっています。活用次第で相当効果的な授業ができます。
  これは「授業改善」というよりは「授業改革」だと思います。「改善」はより良く改めることで、現状の延長線上で方法や手続きを変えることです。これに対して、「改革」は改め変化させることで、将来志向から考え方を変革することです。(日本能力協会「知恵ぶくろ・べからず集」より)
 昨年6月のICT機器導入の際には、これからの国の教育環境整備の動向を見据え、「デジタルが主でアナログは従」という発想の転換の必要性を強調しました。それはまさに「将来志向から考え方を変革すること」であって、授業づくりにおいては、「授業改善」ではなく「授業改革」を進めていかなければならないと考えております。


 

当たり前のことができないから問題を起こすのです

 もう大分前のことですが、こんなことがありました。
 ある担任が不登校気味の生徒を職員室に連れてきて、「なぜ約束を破ったんだ。今日は学校に来ると約束したじゃないか」と、少し声を荒げて指導していました。生徒は何も言えず、黙ってうつむいていました。おそらく、担任はこの生徒と、今日登校することを約束していたのでしょう。しかし、いつまで待っても登校しなかったため、しびれを切らし家まで行って生徒を連れてきたのです。
 その様子を、職員室の片隅で校長が見ていました。生徒が教室に戻った後、校長はその担任に、「約束を守れるような生徒は不登校にはならないよ」と、ぼそっと言いました。
 それが耳に入った瞬間、私は「はっ」としました。不登校の初期の段階の子供に、登校を促す指導の一環として、登校する日を約束させるという方法はよく行われています。私も何度か同じような指導をしたことがあります。約束を破られたことももちろんあります。ですが、校長が言われたように「約束を守れるような生徒は不登校にはならない」という認識は全くありませんでした。
 そうなのです。不登校のみならず、問題を起こすような子供は、当たり前のことができないから問題を起こすのです。子供の行為は生活環境が大きく影響していますし、その生活環境はそれぞれ違います。子供には選択の余地はなく、不幸にも劣悪な環境に身を置かざるを得なかった子供もいるでしょう。そういった子供はむしろ犠牲者と言えます。そう思えば、問題行動を繰り返す子供であっても、寛容さも生まれますし、根気強く対応することもできます。児童・生徒指導の幅も広がるというものです。このときから、問題を起こす子供に対する見方が180度変わったことを覚えています。
 学校では現在、不登校をはじめ、いじめや暴力行為等さまざまな児童・生徒指導上の問題が発生しています。こういった問題行動は一朝一夕には解決が難しく、教師の中には、繰り返し指導してもなかなか効果が出ないことに焦りを感じている者もいるかもしれません。それどころか、問題行動の改善を急ぐ余り、感情的に指導してしまい、問題をより大きくしてしまったなどというケースも散見します。
 そうならないためにも、問題を起こす子供は「当たり前のことができないから問題を起こす」という認識に立って指導してほしいと思います。そうすれば焦りも緩和できるでしょうし、何よりも寛容な気持ちで根気強く指導することができます。児童・生徒指導には根気強さが何より大切ですから、是非ともこのことは忘れないでいただきたいと思います。